高校中退プログラマが自分で作った高校を卒業するまで

これはN高等学校 Advent Calendar 2018 12/25の記事です。遅くなってごめんよ。

おまえだれよ

株式会社ドワンゴでソフトウェアエンジニアをしながら、N高等学校で高校生をやっています。いま3年生で、順調に行くと来年3月には卒業できそうです。

N高が開校した2016年に1年生として入学し、なんと学籍番号1番をいただきました。最初の1年生が卒業するということは、学校としてちょうど一回り。自分の卒業以上に感慨深いものがあります。

高校中退プログラマが自分で作った高校を卒業するまで

さて、ちょっと大きなタイトルをつけちゃったので、順番にお話していこうと思います。

高校中退

28年前、2年生の冬に高校を中退しています。そのいきさつは以前記事にしたので読んでいただければと思います。

その記事にも書きましたが、合わない高校に無理して通った結果めんどくさくなって中退してしまい、そのあとの人生に回り道が発生してしまいました。あの当時N高があったらなあ…と、卒業が近づいてくると改めて思います。

そして、実はそのあと一度通信制の高校にも入学しています。どっちかというと親の意思で始めたので、最初に届いた教科書とレポートの山にすっかりやられて、一度も提出しないままフェードアウトしています。ネット時代の前のことですから、紙の教科書を読み、紙にレポートを書き、郵便で発送する、を繰り返す必要があります。そんなのめんどくさすぎるやろ…。

というわけで実は全日制の高校だけじゃなく、通信制の高校も中退していた、という過去をここに告白します。大検(いまの高認)は取ったんだけどなー。

プログラマ

さて話はさらに過去に遡って。小学生のころ、「こんにちはマイコン」という漫画を読んだのがきっかけでコンピュータに興味を持ちました。当時は家電店の店頭に家電製品として8ビットのマイコンが陳列されており、さわらせてくれる店に通いつめてはゲームをしたりコードを書いたり、なんてことをしていたものです。ずいぶん牧歌的な時代ですね。

やがて中学生になり、自分のコンピュータとしてX1turboを手に入れます。中古だったけど結構な値段がしたはずで、買ってくれた親にはひたすら感謝の気持ちです。これのおかげで、そのあと食っていく能力を手に入れることができたのですから。

当時のマイコンは電源を入れるとBASICというプログラミング言語のプロンプトが立ち上がるだけで、自分でコードを書かなければ何もできません。カセットテープやフロッピーディスクに記録された市販のゲームもあるにはあるのですが、小・中学生がそう潤沢に買えるものでもありません。「マイコンBASICマガジン」などに掲載されているソースコードを手で打ち込んではゲームで遊び、うまく動かなければデバッグしたり、飽きたら改造をしたり、なんてことをしているうちに、だんだんBASICを身につけていったのでした。

高校に入るとプログラミングからは縁遠くなるのですが、20代の時に手伝った家庭用ゲーム開発の会社でプログラマになれたのは、このころの基礎があったからこそです。

やがてWeb開発の仕事もするようになり、いくつかの会社を経てドワンゴで働くようになりました。そこでの仕事のひとつが、N高を作ることでした。

自分で作った高校

「自分で作った」はだいぶ誇張表現ですが、N高等学校N予備校の開発初期から開校までを、開発チームのマネージャーとしてサポートしました。ほとんどプログラムは書きませんでしたが、開発チームが存在しないところからスタートして、開校までにありとあらゆることをやりました。

優秀なメンバーに恵まれたので、ギリギリのスケジュールをなんとか間にあわせることができました。そんなメンバーが全力を尽くせるよう下支えをしてきたので、ぼくも「N高を作った」メンバーと言ってもあながち間違いじゃないんじゃないかと自負しています。

高校中退だからこそ「新しいネットの高校」を実現するために頑張れたし、プログラマだからこそ開発チームをサポートできたし、その結果「自分で作った高校」に入学して、高校生をやり直せた。これはなかなかレアな経験ができたんじゃないかなと思います。

卒業する

さてぼくの学習の進捗です。締め切り間際にちょっと頑張りが発生しましたが、スクーリングもレポートも無事完了し、あとは2月のテストを乗り切れば卒業できる見通しです。社会人としてフルタイムで働きながらでも卒業できるので、N高校は当初のコンセプトどおり機能していると言ってよいでしょう。

高校生というのはいろいろオトクなのだな、ということに気づかされる3年間でもありました。映画は安く観られるし、美術館や博物館も割引されたり無料だったり。その上N高ならではの特典として、GitHubやAdobe CCも使えたりします。これらがなくなってしまうのはちょっと残念ですね…。

とはいえ卒業は楽しみです。ニコファーレで開かれた入学式には出席したのですが、卒業式も出席させてくれるかな?

N高生のみなさんへ

過去合計3回も高校生をやった経験から、N高がいちばん「簡単に卒業できる」というのは間違いないところです。レポートやスクーリングはダルいこともあるでしょうが、ぜひがんばって、最小限の労力でクリアしてください。

そしてN高のコンセプトどおり、浮いた時間でなにか好きなことを見つけ、打ち込んでみてください。その時間で得たものがきっと、将来思いがけないところで役に立つことでしょう。「ネットの高校を作る」ことよりもっとエキサイティングなことだって、きっとできるはずです。

その時武器になるもののひとつとして、プログラミングのちからが挙げられます。まだしばらくは人間がプログラムを書き、そのソフトウェアが社会を支えたり世界を変えたりする時代は続くでしょう。そんな時代ですから、「プログラムを書いてコンピュータに仕事をさせることができる能力」は、必ず強い味方になってくれるはずです。

というわけで

開発も学業も大変でしたが、もうすぐ卒業しちゃうのは感慨深く、ちょっと寂しくもあります。ですが、「高校中退プログラマが自分で作った高校を卒業する」というのはなかなか貴重で、そしてよい経験でした。その経験に感謝しつつ、さらに面白くて有意義な仕事ができるように、これからも頑張っていこうと思います。

Posted in N高校 by Kwappa at 12月 26th, 2018.

One Response to “高校中退プログラマが自分で作った高校を卒業するまで”

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